自然妊娠しか残っていなかった

不妊治療をあきらめたきっかけは、年齢と共に経済的なものがありました。

不妊治療の助成って、制限がたくさんある。
年齢、年収。

世帯年収があっても、仕事の経費がかかりすぎて、実際の手取りが少ない家庭もあるんですよ。
うちみたいに。

そんなわけで、あきらめたけれども、
「自然妊娠するかも・・・」というほんのりした希望だけは捨てずにいました。

以前は、体を温めるために、
岩盤浴に行った。
温かい飲み物を飲んだ。
アイスクリームも我慢した!

でも、不妊治療をやめたら、それもだんだん面倒になってしまいました。

適当。

好きなように生活。

ストレスのない生活。

仕事もがんがんやる。

努力したのは、忘れない時だけの、基礎体温のみ。

45歳のあきらめ

初期胚が育たなかったときは、かなり落ち込みました。

仕事でめちゃくちゃ冷房の効いた部屋での会議があり、なんとなく卵が死んでいく気がしました。
「早く外に出なくちゃ」と思いつつ、
「もうすぐ会議が終わるかも」とも思い、なかなか冷えた部屋を離れることができませんでした。

結局ダメだったとき、自分を恨みました。

自分しか決断できないし、行動することもできなかったのに・・・。
なぜ卵を守ってあげられなかったのだろう。


3回目の胚が死んでしまったときにも落ち込みました。

我が家は、裕福な家庭ではなく、夫と私で毎月「特別会計」に積み立てし、
それを不妊治療に使っていました。

・・・が、当然資金には限りがあるもので、
また身体的な限界もあるので、
45歳の誕生日を目途に断念することを決めていました。

3回目の体外受精は、ちょうど誕生日の2日前でした。


こうして、他に長く不妊治療を頑張っている方と比較すると
短い期間でしたが、私の不妊治療は終わりました。

が、気持ちはあきらめられず、
基礎体温を計ることだけは続けていました。

毎回1個の希望

Kクリニックで3回体外受精を試みましたが、
いつも採取できる卵は1個だけ。

さすがに44歳でしたから、1個とれているだけでもよいのかもしれない。

卵が取れても、中が空洞の場合もあると聞きます。


はじめは、初期胚のまま移植 → 妊娠せず
2回目は、胚移植するために細胞分裂を待つも、途中で分裂せず。
3回目は、桑実胚になったものを胚移植 → 妊娠せず


これが何個も卵があれば、グレードがいいものとそうでないものなどと選別できるのでしょうが、
1個しかないから、グレードが悪くてもなんでも、毎回その1個に望みを託すわけです。

当然、可能性は低い。


友人は、受精した胚を冷凍保存していたけれど、毎回1個しか採取できないのだから、それもできない。
毎回、その1個が育つよう祈るだけ。

やはり年齢の壁はある。

若いうちにどうして気づかなかったのだろう・・・。